結婚式や家族写真を撮るから、家族写真家なのではありません。

ひとくちに写真家と言っても、世の中には動物写真家、昆虫写真家、風景写真家、建築写真家、報道写真家、自動車写真家、ファッションフォトグラファー、スポーツカメラマンなどなど、たくさんのジャンルがあります。逆に、あえて自身の守備範囲を広げておくために、○○写真家と名乗らないこともあります。

ただ、ひとつ確実に言えるのは、○○写真家と名乗るには「○○の専門家です」という覚悟が要ります。

「家族写真家」と名乗るなら、「私は『家族』の専門家です」と公に宣言するようなものです。そうでなければ、名乗るべきではありません。

正直なところ、最初はそんな大仰なかたちで名乗っていいものかどうか悩みました。フォトグラファーの道を歩み始めてから何年も考え続けて、少しずつ溜めた微量の勇気をそのお腹に抱えて、さらに今後の残りの人生をどのように彩るのかまで腹を括って、東日本大震災後、私は「家族写真家」を名乗りはじめました。

震災後まもない2012年秋、単身名古屋から血縁などのゆかりも何もない宮城県の南三陸町に移住し、「家族写真家」として独立したのはその覚悟のあらわれと言っても過言ではありません。

とはいえ、実は南三陸に移住した当時、他の地域で自分より先に「家族写真家」を名乗っておられる方がいました。私は悩んだ挙げ句、その方のWebサイト経由で連絡をとって「家族写真家と名乗らせてください」とお願いしました。数日後、突然知らない番号から電話がかかってきたら、その方でした。「どうぞどうぞ!」と快く、二つ返事で使用を了解して頂きました。

何年か経ったのち、ふと気がつくとその方は「家族写真家」と名乗ることを辞めておられました。もちろん、家族写真を撮るお仕事はされているにも関わらず、です。私は、本当に、ますます責任重大だと思いました。

いっぽう、昨今では「家族写真家」と名乗っている方がちょこちょこ増えています。もともと商標登録など不可能なほど普遍性の高い肩書きですから、誰でも名乗る自由があるのだけれど、その方々に果たして「家族の専門家」を名乗る覚悟はあるのでしょうか。杞憂であれば、それに越したことはありません。

私はとりたてて、絵に描いたような素敵な家族で生まれ育ったわけではありません。家族写真家を名乗りながら、私は今現在(2018年9月)、ずばりアラフォー未婚の独身男性、いわゆるネット上のスラングで「毒男」と称する類いです。そんな立場で「家族写真家だなんておこがましい」と言われても仕方ありません。

とはいえ、私は人生をかけて「家族」「自分自身」という謎にとりくんできた自負があります。

だからこそ、私は前に進もう、と決めました。そのために必要な、写真撮影以外の、たとえば心理学やコーチングなど、自分なりに知識や実践を積み重ねて、家族にまつわるさまざまな経験を糧にしてきたつもりです。

2015年秋に東北から撤退してこの3年の間、また再び「家族写真家」を名乗り続けていいものかどうか、あるいは正直「名乗りたくもない」と思えるようなことすらありましたが、決して長いとは言えない残りの人生を考えて、私には此の路しかないと改めて覚悟します。

もちろん、いずれどこかで結婚して、新しい家族を築くことも私の願いのひとつですから、その都度、写真や考え方も今とは変わっていくのかもしれません。そのことすら、楽しんでいきたいと思います。

いずれにしても、私は「家族写真家」です。

ご依頼をいただいたご家族の幸せのために、結婚式や家族の写真をお撮りします。私はクライアント、つまりお客様を世界中に増やし、もっともっと幸せになって頂きたい。それは単に、今現在さえ良ければいいという刹那的なものではなく、もしかしたら何年か、何十年か経ってから感じられる幸せのためかもしれません。

人生はまっすぐな一本道ではありません、ましてや家族はともに成長していくもの、途中で困難があって当然です。そんなときに、お客様の心の励ましとなるような写真をお届けしたい。

そして、そんな想いと同じぐらい、志をともにする仲間を増やしていきたい。

そしていつの日か、世界中の人々に、全員そろった家族写真を届けたいのです。

それは私の死後何十年、何百年経ってようやく実現する類いの夢かもしれません。でも、そのときにはきっと戦争や争いが今よりずっと減っているはずです。それが私のたてた仮説です。

こんな大それたことは、私一人では不可能です。まず、撮影をご依頼いただくお客様がいなくては成立しません。

あるいは、地球上のすべての家族写真を私一人で撮ることなど到底不可能です。世界中に、同じ志で結婚式や家族写真(ムービーも含めて)の撮影にとりくむ仲間が必要です。

良かったら、ともに此の路を一緒に歩んでください。

あなたとどこかで直接お目にかかれる日を楽しみにしています。

 

文章:家族写真家ハマノヒロユキ
写真:HALERU / Masanori Doike