真の近江商人として家族写真の魅力や重要性を世界中に伝えるエヴァンジェリスト、家族写真家ハマノジョウスケです。

これから述べることは、あくまでも私個人の意見、考えです。ご覧の方々がどう考えるか、どう思うか、どう感じるかはもちろん、自由です。私から何かを強いることはありません。

さて、フォトグラファー、写真家と名乗るのに免許は要りません。ライターやデザイナーもそうですが、名乗るのは自由で特に条件など必要がありません。これは、厳然たる事実です。

しかし、曲がりなりにもプロ、あるいは「写真家」を名乗るのであれば、相応の覚悟は必要です。

できれば写真で「家」を建てられるだけの成果があれば立派ですし、良いでしょう。ちなみに、私はまだそこまで行ってませんが、一応、行く気は満々です。とはいえ、それがゴールだとは微塵も思っていません。

ちなみに、その「写真」の土台に「家」となる基礎、見識、考え方、思想、そういったものは確固たるかたちで必要です。それがなければ、写真家、などと名乗るべきではない、というのが私の考えです。

世に「カメラマン」「フォトグラファー」「写真家」いろんな呼び方がありますが、私は、カメラマンではありません。特に、インスタントなカメラマンなどでは決してありません。私の撮影は、パッと撮って、パッと写真が出てきて、はい終わり、というものではないのです。

「納期は1週間でーす、よろしく〜」

とか

「クライアントが急いでますんで、できれば明日・・・」

とか

そういう条件の仕事は請けません。

そういう作業をできるかできないかで言えば、もちろん、できます。しかし、私はそれを特別な理由がない限り、原則、しません。なぜなら、それが私の「写真家」としての土台をつくる「写真術」「思想」「ビジョン」に基づくスタイルだからです。

一方で、そういう「カメラマン」としての仕事や存在意義、価値を否定する気も、さらさらありません。

くれぐれも、誤解なさらないでくださいね。

追記:

出血大サービスで、「写真家とはなにか」をより具体的に学べる教材として、以下の写真集をご紹介します。林ナツミさんの「本日の浮遊 Today’s Levitation」です。この写真集を最後までみて、アーティストとは何か、写真家とは何かがわからない人は、「カメラマン」としての仕事ならともかく、「写真の表現」でお金を稼ごうなどと考えることは、そもそも、辞めた方が良いと思います。

もちろん、あくまでも、個人的な見解です。