近江商人の家族写真家ハマノジョウスケです。今日は、マジメな話の続きです。アイキャッチの写真はポラロイド。小さい頃、撮った写真がすぐに出てくるのは衝撃的で、子ども心に楽しかったのをいまでも憶えています。

欧米人の感覚の違い。芸術を王族や貴族達から解放した自負心。

写真が誕生したのは、フランス・パリです。これって偶然だと思いますか? 私は思いません。世界史をきちんと学んだひとであればご存じかと思いますが、フランス人は、フランス革命で市民(シチズン)の手で王政と貴族による社会支配を倒しました。そして、政治と社会の「民主化」という近代史における最大の功績、金字塔を打ち立てました。裏事情としては、世界に名だたる金融資本家がそれを支持していたのですが。

しかし、このことによって、貴族達の文化も市民たちのものへと変質していきました。市民たちは正々堂々と、王族や貴族たちと同じように、肖像画や絵画を愉しむようになったのです。つまり、芸術の民主化です。さらにその風土が技術革新とともに、写真を誕生させる背景となりました。

このように考えると、日本と欧米の「写真」や「芸術」に対する理解、さらにはお金の使い方など、すべて一目瞭然ではないでしょうか。

欧米と日本の芸術、そして写真に対する価値観の決定的な違いの本質、それは「真の民主主義」であり、芸術を王族や貴族たちだけの閉鎖的な世界から解放し、庶民のものにしたという自負なのだろうと私は思います。だから、欧米人にとってはかつての貴族のように芸術を愛し、芸術にお金を投じる、それこそが名誉であり、誇りなのです。

日本の芸術はいまだに「お金持ちのもの」という概念

翻って、日本。写真は江戸末期、いわゆる幕末に輸入されてきて、徳川家や天皇家を筆頭にして広がり始めました。しかし、その後の明治政府樹立は欧米と違って、一部の下級武士たちによる下剋上でした。もっというと、その下級武士たちが海外の資本家を味方につけて江戸幕府を倒し、なおかつ天皇家をうまく政治利用しながら国内の統一を図りつつ、欧米化を進めたのが明治維新の本質です。

それにもともと、日本人は主に江戸時代、貨幣経済に依存しすぎない社会経済システムや社会秩序をつくってきたので、学習にせよ、娯楽にせよ、安価に提供されることを良しとする文化も根強いですね。それがかえって、現代の日本を苦しめている部分が多々あると思います。

フランス革命というのは人類史にとって非常に偉大な出来事で、現代に至るまで世界中における「民主化」というキーワードが近現代史を一貫して貫いています。デジタル革命、インターネットも実はその延長上にありますが、日本の民主化はもともと知識人や文化人によって推進されてきたものの、明治から昭和初期にかけての軍事政権によって弾圧され、外圧によってもたらされた文脈があることから、若干いびつなものになっています。

だからこそ、欧米と日本人の感覚の違い、格差もより浮き彫りになっているのだと私は思います。

日本で写真が爆発的に支持された時代と背景

とはいいつつも、いまや世界のカメラシェアのほとんどを日本メーカーが占めていますよね。これはなぜでしょうか?

私は南三陸町に移住してようやく初めて、心の底から気づいたのですが、現Panasonicの松下幸之助にせよ、HONDAの本田宗一郎にせよ、日清食品の安藤百福さんにせよ、ソニーの井深大さん、盛田さんなど、いまの日本をつくってきた、戦後に巨大な功績を生み出した偉大な日本人経営者、そしてもっといえば労働者たちもみな、戦後の復興、そして何より、自分たちのあとの世代の子どもたちのために、焼け野原から這い上がってきました。

戦後、多くの想い出を失った当時の日本人たちは、おそらく、世界でもっとも写真を大切にした人たちだったのだろう、と私は思います。

以前、私の父親(昭和18年生まれ)の高校卒業アルバムを見たのですが、すべてモノクロ写真というレトロな仕上がりにも関わらず、今の時代の卒業アルバムよりも写真のクオリティは圧倒的に優れていました。しかも、当時高価で希少だったはずのカラー写真が数枚使われていて、それらを撮影してアルバムに仕上げた写真館の人たちの情熱、そしてその卒業アルバムに惜しみなくお金を費やした多くの親御様、つまり私の祖父たちの世代の想いをひしひしと感じました。

そういった想いが出発点となって、ニコン、キヤノン、ミノルタ(現在のソニー)、OLYMPUS、リコーなどなど、いまや世界を席巻するカメラメーカーはすべて日本製なのだろうと私は思います。

日本のカメラメーカーが成功を収めたからといって
日本の写真館や写真家が特に優れていたわけではない

戦後の写真館はというと、ベビーブーム世代や第二次ベビーブーム世代のおかげで「何もしなくても儲かって自社ビルが建つ時代」を経験してしまいました。結果、いまの衰退っぷりです。それは優れた写真術や緻密なマーケティングによる成果ではなく、単に人口爆発による一瞬のお零れを、さも自分たちの手柄のように勘違いしたことが原因だろうと私は思います。

逆に言い換えると、たまたま立地の優れた場所にたまたまお店を構えていたから、たまたま儲かっていただけ。それが戦後、そして20世紀の日本の写真ビジネスの正体だと私は思います。

さらに、肝心の日本人写真家というと、世界で本当に評価されている人たちというのは本当に少ないです。ほとんどいません。国内で有名でも、海外で通用している人たちはほとんどいません。しかも、国内で評価されているといってもその写真プリントには欧米の偉大な写真家のような価値は今のところまだ、見いだされていません。残念ながら…。

阪神大震災、東日本大震災以降の日本は、
戦後日本を追体験している?

阪神淡路大震災は私、大学2回生のことでしたが、それはもうショッキングな事件でした。早朝から阪神高速がぶっ倒れていて瓦礫の山。「なんだこれ?」「北朝鮮でも攻め込んできたのか?」と一瞬、思ったことをまざまざと思い出します………。

その前にも北海道利尻島で大津波を伴う地震があったり、2000年代に入ってからも新潟で大地震があったり…。極めつけは2011年の東日本大震災でした。

…と、過去形だったつもりが、その後も度々、大きな水害が広島で起きたり、京都で起きたり、北海道や大阪で大地震が起きたり、挙げ句、私も相続する予定の岡山県倉敷市にある土地が2016年夏に豪雨災害で被災して、大変な目に遭っています………。

東北の人たちの何か、助けになれれば、と思って移住したのが、まさか、自分が被災者になるとは夢にも思いませんでした。

………そう、「夢にも思わなかった」んです。まさに、私も、平和ボケにやられていたんですね!!

要するに、写真撮影にお金が払えないのは
心が貧しいってことさ!!

翻って、自分たちがこれまで、どれだけ「想い出の写真」にお金をかけてきたのか…。考えてみてください。私自身も、ほとんどあまりお金をかけてきませんでしたし、想い出を残すことに価値をあまり感じてきませんでいた。

………プロのフォトグラファーになるまでは。

これまでの私の人生を振り返って思ったのは、お金を払ってでも想い出の写真が欲しい、と思えるときは、幸せなんですよね。リア充と言われようがなんだろうが、お金がたくさんあるとかないとか関係なく、純粋に幸せだ、と思えるから、この瞬間を大切に残しておきたい、と思うし、そこにお金をいわば「投資」するのだと思います。

だから、極論を言ってしまえば、想い出の写真にお金を払えないのは、心が貧しいから。私はそう思います。